ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

株式会社日立医薬情報ソリューションズ

Column

薬の名前

「医薬」よもやまばなし

2019年11月14日

医薬品には製品名がありますが、その有効成分である物質にもいろいろな名前があります。今回は、この医薬品やその有効成分の化合物に関する名前について見てみましょう。

化学名

物質の構造を正確に表現した名前は「化学名(chemical name)」です。
この特徴は名前から化合物の構造が一意に特定できることです。

創薬研究の過程では注目する基本骨格に対して化学修飾していくことがあるため、社内ではこの基本骨格を中心に慣習的に命名することもあるようですが、正式な化学名はIUPAC(International Union of Pure and Applied Chemistry:国際純正・応用化学連合)の定めたルールに則ったIUPAC名になります。
化合物の構造を一義的に示す体系的な命名法として、IUPAC命名法が国際標準として使われているのです。

構造の単純なトランサミンを例に見てみましょう。
トランサミンは抗プラスミン作用があり、止血・抗炎症剤として使われます。
トランサミンの有効成分の構造は、単純な6員環(シクロヘキサン)に2個の置換基(アミノメチル基とカルボキシ基)がついています。
この化学名は以下です。
 trans-4-(Aminomethyl)cyclohexanecarboxylic acid
数字は位置を示しており、それに構造の要素の名前を付けています。また「trans」は立体異性を表していて(対応する異性体は「cis」)、光学異性についても表記することができます。

20191122_1.gif

IUPACの命名規則に従えば、構造式から化学名、化学名から構造式への変換ができます。

一般名

化学名の利点は構造式を正確に再現できるというものですが、難点は長いことです。
上述したトランサミンの例でもわかるように、こんなに単純な構造でもこれほど長い表記になり、構造が複雑になれば更に長くなります。
これでは有効成分を指す名前として使いづらいですね。
そこで、一般名(generic name)を使います。

医薬品の一般名については、近年では世界共通名称としてWHO医薬品国際一般名称委員会により決定されるINN(International Nonproprietary Name)が使用されます。
日本では、日本医薬品一般的名称JAN(Japanese Accepted Name)が定められており、INNとは異なる一般名もありましたが、INNと整合をとった一元化の方向にあります。

ちなみに、先程のトランサミンの有効成分の一般名は「トラネキサム酸(Tranexamic acid)」です。
これだと有効成分を呼ぶのに都合がよい訳です。
トラネキサム酸は抗プラスミン作用があり、止血・抗炎症剤として使われますが、これを配合した医薬部外品や化粧品もあります。「トランサミン」は医療用医薬品の製品名なので馴染みがないかと思いますが、「トラネキサム酸」配合の歯磨き粉というのは聞いたことがあるかもしれません。

一般名の命名にあたっては、化学構造的あるいは薬理学的に類似した薬物群は同じ語幹(stem)を用いて命名することが多くあります。
抗体医薬(モノクローナル抗体)は末尾に「マブ-mab」が付きます。リツキシマブ、トラスツズマブ、そして免疫チェックポイント阻害薬であるオプジーボの一般名はニボルマブといった具合です。
抗ウイルス薬はオセルタミビル(製品名タミフル)、ザナミビル(リレンザ)、ラニナミビル(イナビル)、バロキサビル(ゾフルーザ)というように末尾が「ビル-vir」になります。
セフェム系抗生物質では、セファゾリン、セフォタキシム、セフメタゾールというように、語頭に「セフcef-」が付きます。

キノロン系抗菌剤のシプロキサンとクラビットについて、構造式を見ると共通の骨格があり、活性を示す部位が想定できます。しかしながら、化学名については基準構造の取り方が変わるため、かなり異なる命名となってしまいます。
一方で、一般名は共通のステム「フロキサシン-floxacin」を用い、シプロフロキサシンとレボフロキサシンとなります。

20191122_2.gif

このように一般名は呼称として使いやすいだけでなく、薬としての意味を示すものになっています。

慣用名

上述の化学名と一般名は、医薬品情報として添付文書にも記載されています。
これとは別に、慣用名を持つ化合物もあります。

例えば、「アスピリン」は元々は製品名だったのが一般名となっているのですが、「アセチルサリチル酸」という慣用名があります。
以前のコラム【薬の変遷】でも触れましたが、アスピリンは天然物由来の医薬品です。
天然物から分離した「サリシン」、その分解物である「サリチル酸」、更に構造を一部変更した「アセチルサリチル酸」という経緯で開発されたものです。
「サリシン」はヤナギの属名Salixに由来して命名されたものであり、この名前を基に「サリチル酸」、更に「アセチルサリチル酸」という名称がつけられた訳ですが、これらは慣用名という名称です。

20190426_1.gif

このように慣用名にはそれぞれ語源があるようです。

開発コード

これ以外にも、研究の過程で使用されるコードがあります。
新規化合物を創製して種々の試験を実施するのですが、対象物を特定する呼称が必要です。そのため、創成した段階で社内管理番号を付与し、試験データもこの管理番号に紐づけて管理します。

研究の初期は概ね社内で実施されますが、臨床試験(治験)になると医療機関等が関係してきます。
医薬品候補に対しては開発コードで呼びます。
研究段階で付与されたものを使用する場合もありますし、臨床試験に進む段階で改めて付与するケースもあります。ここは各製薬会社の社内ルールに依ります。
試験結果の学会発表や論文発表にもこの開発コードは使用されます。

また公共のデータベースで管理される際に管理番号が付与されることもあります(代表的なものにCAS番号があります)。

このように、新規の構造を持つ物質が創製されて製品化されるまでにいくつかの名前が付けられているのです。

私たちの健康に大きな役割を担う医薬品。
その萌芽・誕生から退役までのライフサイクルにおけるプロセスや情報は厳しく重要なものです。そうした製薬のプロセスや情報を支えるITを介して、日立医薬情報ソリューションズは人々の健康に貢献していきます。



2019年11月22日
吉田 亜登美

Contact Us