ページの本文へ

Hitachi

Column

病める脳の話 その2

「医薬」よもやまばなし

2026年10月09日

脳の機能は多くのニューロンの働きに支えられています。また脳にも稀に病原体が侵入することがあります。
今回はこの「脳」における神経系疾患や感染症といった病気についてみてみましょう。 

神経系疾患

脳における神経変性疾患としては、大脳皮質の変性が主体の認知症(アルツハイマー型認知症・前頭側頭型認知症・レビー小体型認知症)、大脳基底核の変性が主体のパーキンソン病やハンチントン病などがあります。(尚、認知症については、別途、取り上げます。)
その他、髄鞘が壊れる脱髄性疾患である多発性硬化症、シグナル調節異常によるてんかんなどが挙げられます。

<パーキンソン病>
パーキンソン病は、中脳の黒質のドパミン神経細胞が変性することで神経伝達物質であるドパミン産生が低下し、ドパミンが欠乏することによって、大脳基底核における運動制御が障害を受けるものです。
主な症状としては、安静時振戦(手足の震え)、無動・寡動(動作が乏しく遅くなる)、筋固縮(筋肉のこわばり)、姿勢保持障害(バランスがとりにくく、前傾姿勢になり、転びやすくなる)、歩行障害(すくみ足や小刻み歩行、加速歩行)などが挙げられます。
中高年期以降に好発しますが、若い世代でも発症することがあります。

現時点では完治させる治療法は確立されておらず、対症療法として薬物療法やリハビリテーションで症状をコントロールするのが中心となります。
薬物療法としては、不足しているドパミンを補うため、レボドパやドパミンアゴニストが用いられます。
ドパミンは血液脳関門により脳外から脳内に入れませんが、ドパミン前駆物質であるレボドパは血液脳関門を通過でき、脳内で代謝されてドパミンになります。但し、レボドパには、ドパミンが過剰となることで起こる不随意運動(ジスキネジア)や長期服用に伴うウェアリングオフ現象(レボドパの有効時間が短縮する)といった副作用があります。
ドパミンアゴニストは、ドパミンの代わりにドパミン受容体に結合し、ドパミンと同様の作用を発揮する薬物です。
また、進行した場合には、手術療法として脳深部刺激療法が行われることがあります。これは電気的刺激発生装置を脳内に埋め込む、脳のペースメーカーのようなものです。
尚、世界初のiPS細胞由来再生医療等製品として、非自己iPS細胞由来ドパミン神経前駆細胞を脳に移植する細胞療法が2026年に条件・期限付承認されており、病気の進行に直接アプローチする治療法として期待されています。

<多発性硬化症>
多発性硬化症(MS)は、炎症性の中枢神経の髄鞘が破壊された病変(脱髄性病変)が発生して、種々の神経症状が再発と寛解を繰り返す病気です。
原因は不明ですが、自己免疫的な機序が発症に関わっているとされます。遺伝的素因にウイルス感染等が重なり、自己免疫性T細胞が出現し、これが中枢神経系に到達、自己免疫性T細胞が活性化してサイトカインを分泌し、これによってマクロファージや細胞傷害性T細胞が活性化されて髄鞘を攻撃することで髄鞘が破壊されるというものです。エプスタイン・バーウイルスEBV感染が発症原因の一つ(EBVに対する免疫細胞が脳タンパクにも反応して攻撃)とされています。
病変部位によって多様な症状をもたらします。病変箇所に対する症状としては、視神経-視力低下・視野障害、脳幹-MLF症候群(眼球の解離性運動障害)や三叉神経痛、大脳-精神症状、小脳-眼振・歩行障害・構音障害などがあります。脳以外では、頸髄-レルミット徴候(頸部の前屈で背部に電撃的痛み)、脊髄-錐体路徴候(脱力・筋力低下等)・痺れ・有痛性強直性痙攣・排尿障害等がみられます。
治療としては、急性増悪期では症状改善のためのステロイドパルス療法、寛解期には再発予防・進行抑制のためのインターフェロンβ等の薬剤投与、また後遺症に対する対症療法としての薬剤投与がなされます。

<てんかん>
てんかんは、大脳皮質ニューロンの異常な興奮による痙攣や意識障害等の発作症状を繰り返す、慢性の中枢神経疾患です。
ニューロンは、他のニューロンからの興奮性シグナルと抑制性シグナルによって興奮の調節がなされていますが、この調節のバランスが崩れることによってニューロンの過剰興奮が起こり、てんかん発作に繋がります。
発作型としては、脳全体で起こる全般発作、脳の一部で起こる焦点発作、いずれに該当するか判断が難しい場合の起始不明発作に大別されます。
病因としては、脳の構造異常、遺伝子異常、感染症、代謝異常、自己免疫性疾患、病因不明に分類されます。
発作を抑制する治療には、抗てんかん薬を用います。発作型に応じた第一選択薬を単剤投与し、場合によっては第二選択薬への変更や多剤併用になります。これで充分な効果が得られない場合には、手術等を行うこともあります。

高次脳機能障害

言語、行為、認知、記憶、注意、判断といった高次脳機能における障害で、記憶障害・注意障害・遂行機能障害・社会的行動障害、失語(言葉の入出力ができない)・失行(正しい動作が行えない)・失認(認知できない)といった認知機能障害をきたしている状態を言います。認知症も高次脳機能障害の一つと言えます。

  • 記憶障害:新しいことが覚えられなくなったり、思い出せなくなったりする状態。
  • 注意障害:対象を選ぶ選択性、対象への注意を持続させる持続性、対象を切り換える転導性、複数の対象へ注意を配分する分配性といった注意機能に対する障害で、注意を適切に向けられない状態。
  • 遂行機能障害:目標の設定、計画の立案・実行、行動評価・修正等ができず、物事が上手く進められなくなった状態。
  • 社会的行動障害:感情を適切にコントロールできなくなり、不適切な行動をとったり自発的行動ができなくなったりする状態。

代謝性神経障害

代謝異常による代謝性神経障害の一つに、ウェルニッケ脳症があります。
ウェルニッケ脳症は、ビタミンB1(チアミン)の欠乏から脳室周囲に炎症や壊死が起こることによる急性~亜急性の中枢神経障害で、意識障害・眼球運動障害・運動失調が三大症状です。
ウェルニッケ脳症に対しては、速やかにビタミンB1を大量に静脈投与することで回復が見込めます。

感染性疾患

血液脳関門という異物に対するバリアがあるものの、病原体が血液脳関門を突破したり、血液以外のルート等を経由したりして、脳の感染症は実際に起こります。
脳における感染性疾患としては、髄膜炎、脳炎・脳症などがあります。

髄膜炎は、細菌・結核菌・真菌・ウイルスの感染により、くも膜・軟膜・くも膜下腔に炎症が起きたものです。

脳炎は脳実質内に炎症が生じている状態、脳症は脳に非炎症性の機能障害が生じている状態を指します。
急性ウイルス性脳炎としては、単純ヘルペス脳炎、日本脳炎、ウエストナイル脳炎などがあります。
脳症としては、ウイルス感染に伴うインフルエンザ脳症、細菌感染のライム病、原虫症のトキソプラズマ脳症などがあります。

プリオン病は、脳に感染性の異常なプリオン蛋白が沈着し、脳神経細胞の機能が障害される病気です。歩行障害・視覚障害・精神症状などに続き、認知症に似た症状や行動異常、ミオクローヌス(短時間の筋収縮による不随意運動)が起き、進行すると半年以内に自発運動がほとんどできなくなってしまいます。代表的なのがクロイツフェルト・ヤコブ病で、難病に指定されています。狂牛病として知られるBSE(牛海綿状脳症)もプリオン病で、ヒトに感染する疑いがあります。





私たちの健康に大きな役割を担う医薬品、そして医療・ヘルスケア。
そうしたQOL(Quality Of Life)産業界全般にわたって、そのプロセスや情報を支えるITを介して、
日立医薬情報ソリューションズは人々の健康・QOL向上に貢献していきます。


2026年10月9日
吉田 亜登美