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株式会社日立医薬情報ソリューションズ

Column

腸内細菌の話 その3

「医薬」よもやまばなし

2025年10月10日

常在菌である腸内細菌。これには多種多様な細菌があります。
今回は、前回に続いて、腸内細菌と健康や医療との関係をみてみましょう。

敵か味方か、腸内細菌

腸内細菌は、善玉菌、悪玉菌、日和見菌に区別されることがあります。

善玉菌にはビフィズス菌や乳酸菌などがあり、ビタミンを作り、消化吸収を助けます。感染防止や免疫力維持にも繋がり、健康維持にも有益です。免疫で排除されることなく、密接な関係を保持して共生関係にある細菌群です。

悪玉菌にはウェルシュ菌やブドウ球菌、大腸菌があり、腸内を腐敗させ、有害物質やガスを作ります。悪玉菌が増えると体に悪影響を与え、病気を誘発することがあります。健康状態が悪くなった時に増殖しやすくなる細菌群です。

日和見菌は、状況によって有益にも有害にもなります。健康な腸内環境では善玉菌と協調して有益な働きをすることもありますが、腸内のバランスが悪くなると悪玉菌のような作用で健康に悪影響を及ぼすことがあります。免疫が低下すると病原性を発揮する細菌群です。バクテロイデス、大腸菌(無毒株)、連鎖球菌などがあります。

腸内細菌の70%程度は日和見菌と言われています。

前回、腸内細菌と種々の病気の関係をみてみましたが、大腸菌などの細菌が産生する毒素であるコリバクチンが大腸がん発症に関係しているといったことも解ってきています。

老化と腸内細菌

老化因子の一つに腸内細菌が挙げられています。腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)や多様性低下、腸内細菌がもたらす炎症などが、老化に影響を与える因子とされます。

長寿の人に該当する特徴として、腸内細菌に多様性があることと、プロテオバクテリア門(エンテロバクター科大腸菌、クレブシエラ菌、サルモネラ菌など)、シュードモナドータ門の菌が少ないことが解っています。
腸内細菌叢は年齢とともに変化しますが、多様性を保持するなど、良い腸内環境を維持することが健康寿命に重要なようです。

生活習慣病や免疫の観点に加えて、オートファジーの機能調節にポリアミンが重要な役割を果たしていることが解ってきています。細胞内の不要物や損傷した細胞を分解・再利用するプロセスであるオートファジーにおいて、ポリアミンはオートファジー活性を高めることが知られています。長寿の人は血中ポリアミンを高濃度に維持できているというデータもあるようです。腸内細菌はポリアミンを産生し、そのポリアミンはヒトの健康維持に重要な役割を果たしていると言えます。

腸内細菌を利用した治療

腸内細菌と疾患の関係が明らかになるのに伴い、腸内細菌叢を標的とした医薬品開発「マイクロバイオーム創薬」が進められるようになっています。

腸内細菌を利用した治療法にはいくつかのアプローチがあります。

腸内細菌そのものを利用する生菌製剤として、腸内細菌叢移植(糞便移植、FMT: Fecal Microbiota Transplantation)があります。
FMTは、健康なドナーの便に含まれる腸内細菌叢を患者の腸内に移植することで、腸内細菌のバランスを改善する治療法です。感染性病原体のないドナー腸内細菌叢を製剤化したドナー由来製剤について、抗生物質に耐性を持つ難治性のクロストリディオイデス・ディフィシル感染症の治療はFDAで承認されています。潰瘍性大腸炎の治療等の研究もなされています。

また、ドナー由来の有用菌種の腸内細菌カクテル製剤や、ドナーに依存しない有用細菌を工業的に培養して製剤化する培養生菌製剤の開発が進められています。培養生菌製剤では製造品質管理が容易となることがメリットですが、構成する菌が単純になるので、効果が限定的になる可能性はあります。遺伝子組換え・ゲノム編集の活用も研究されています。

腸内細菌叢ががんの発症・進行・治療反応に影響を与えるという知見に基づくがん治療への微生物学的アプローチ「オンコバイオティクス」も進められており、がん免疫療法の効果発現を強化する腸内細菌製剤の開発等も行われています。

一方で、特定の腸内細菌にのみ作用する物質、腸内細菌叢の組成や宿主との相互作用を変化させる物質、腸内細菌由来の生理活性物質といった低分子薬の開発も行われています。

医薬品以外でも、サプリメントや食品を介した方法もあります。

その一つは、生きた有益な細菌を含むサプリメントや食品(主にヨーグルトや発酵食品)を摂取することで、腸内細菌のバランスを改善する方法であるプロバイオティクスです。
ちなみに、「プロバイオティクス」はビフィズス菌や乳酸菌など人の腸に存在して人に有益な効果をもたらす微生物の総称です。

もう一つは、腸内の有益な細菌の成長を促進する食物繊維やオリゴ糖などを摂取する方法であるプレバイオティクスです。これにより、特定の細菌の増殖や活性を選択的に変化させることで、腸内環境を改善するものです。

これらの治療法は、腸内環境の改善を通じて、消化器系の健康だけでなく、全身の健康にも寄与することが期待されています。



腸内細菌においては、個々の細菌というより多様性・構成が重要です。腸内細菌叢のバランスが大きく乱れるディスバイオシスが心身の健康に関わる事象に大きく関わっているとされます。まずは、バランスの取れた食事と規則正しい生活で腸内の健康を維持するようにしましょう。



◇ 日本人の腸内細菌叢の特徴

個人差はありますが、国によって特徴があり、特に日本人は特異的とされます。日本人の腸内細菌叢にはビフィズス菌(アクチノバクテリア門ビフィドバクテリウム属)とブラウティア属(ファーミキューテス門)の細菌が多く、炭水化物やアミノ酸の代謝機能に優れているという特徴があります。また、日本人の多くが海藻類を分解する酵素遺伝子を持っています。
これらの特徴は、日本人の食生活や健康状態、長寿や低い肥満率といったことに深く関わっていると考えられています。

◇ 腸内細菌は薬効に関係する・・

腸内細菌は薬の吸収や代謝に関与しているため、薬の効き目や副作用に影響します。
ルミノコッカス科に属する腸内細菌であるYB328が、免疫チェックポイント阻害薬の治療効果を高める可能性が報告されています。
この腸内細菌は、免疫システムの司令塔である樹状細胞を活性化し、活性化された樹状細胞ががん細胞に移動して、がん細胞を攻撃するキラーT細胞の働きを促進します。免疫チェックポイント阻害薬はがん細胞の免疫回避を阻害して免疫による攻撃を有効にしますので、免疫チェックポイント阻害薬の効果を高めることに繋がります。



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2025年10月10日
吉田 亜登美