ページの本文へ

Hitachi
お問い合わせお問い合わせ

株式会社日立医薬情報ソリューションズ

Column

腸内細菌の話 その2

「医薬」よもやまばなし

2025年09月10日

腸内細菌は人体に棲みついた余所者ですが、単なる寄生ではなく密接な関係にあると言えそうです。
今回は、腸内細菌と疾患や健康維持との関係をみてみましょう。

肥満・生活習慣病と腸内細菌

コレステロールはホルモンや細胞膜などの原料として不可欠ですが、消費されない未使用のコレステロール(LDLコレステロール)が増えると動脈硬化の要因となります。
コレステロールを分解する腸内細菌(オシリバクターなど)の存在が確認されており、また腸内細菌代謝物のポリアミンは、血管内皮細胞の働きを維持するのに有用です。
逆に、腸内細菌代謝物としてトリメチルアミンが産生されると、トリメチルアミンオキシドに変換され、結果として動脈のプラークに脂質が蓄積して動脈硬化や梗塞に繋がります。

腸内細菌の状態によっては血圧上昇に繋がるともされます。
また血糖値に関係するインスリンに対して、その効果を高める菌も悪くする菌も存在することが解ってきています。

このように、いろいろな腸内細菌が生活習慣病に関わっています。

心筋梗塞、糖尿病、メタボリックシンドロームといった生活習慣病のリスク因子となっているのが肥満です。肥満は脂肪細胞が内部に中性脂肪をためることで起こります。
肥満マウスや肥満者の腸内細菌を移植した無菌マウスが太ることが確認されたことから、腸内細菌と肥満には関係があることが示唆されています。
菌グループの構成比が肥満と相関がある、特定の菌に肥満抑制効果があるという海外の報告もありますが、日本人には該当しないということもあります。腸内細菌は相互に影響してバランスを保っており、腸内細菌の種類や構成比率が世界(特に欧米人と日本人)において共通ではないことから一律に解を求めるのは難しそうです。

日本人に限定したデータですが、内臓脂肪が少ない人にブラウティア菌が多いという報告があり、ブラウティア菌の代謝産物であるオルニチンなどは、脂肪細胞が内部に中性脂肪を蓄積するのを抑制します。
一方、フシモナス菌はエライジン酸(トランス脂肪酸)やパルミチン酸(飽和脂肪酸)といった脂質成分を増やすことで、肥満やインスリン抵抗性(インスリンが十分に働かず血糖値を下げにくくなる状態、結果として高血糖になる)をもたらす可能性があるともされています。

免疫と腸内細菌

免疫の維持に腸が大事と言われますが、腸内細菌と免疫系は密接に関係しています。
小腸に全身から免疫細胞が集まってくるリンパ組織があり、腸には免疫細胞の約70%が存在していて「腸管免疫」と呼ばれており、腸は最大の免疫器官ということもできます。

腸内細菌代謝物である短鎖脂肪酸などは免疫細胞を活性化します。特に酪酸は制御性T細胞の増加を促進し、アレルギーや過剰な免疫反応、炎症を抑える効果があります。
潰瘍性大腸炎やクローン病といった難治性の炎症性腸疾患の患者では制御性T細胞が少なく、複数の腸内細菌によって制御性T細胞を増やすことが治療に繋がるという研究が進められています。

病原菌や有害物質の侵入を防ぐという点では、免疫細胞の活性化による病原菌に対する防御力に加え、腸内細菌は腸の粘膜バリアを強化します。また一部の腸内細菌は有害物質を分解して体外への排出を助けます。
腸内細菌代謝物である酢酸は、有害な菌・ウイルスの侵入を阻止するIgA抗体の産生を高め、リポ多糖はマクロファージや樹状細胞などによる自然免疫の応答を強化し、ビタミンは免疫細胞の機能をサポートします。

このように、腸内細菌は免疫系の健康維持に重要な役割を果たしています。

脳・神経疾患及び精神疾患と腸内細菌 

腸と脳には密接な関係があることが解ってきており、その繋がりに関する「脳腸相関」の研究が進められています。
腸と脳の情報交換を担うものとして、以下の4つが解っています。

  • 脳から腸へ情報を伝達する遠心性迷走神経
  • 腸から脳へ情報を伝達する求心性迷走神経
  • 視床下部から分泌されるホルモンや腸内分泌細胞が分泌する消化管ホルモン
  • 腸内微生物叢、特に腸内細菌代謝物

認知機能と特定細菌の存在や組成の多様性、腸内細菌代謝物に関連があることが解ってきています。

認知症患者では短鎖脂肪酸を産生する腸内細菌の減少が観察されていることから、腸内細菌が神経炎症や神経変性に関係している可能性があります。腸内細菌代謝物の短鎖脂肪酸は、血液脳関門を通過し、脳内で抗炎症作用を発揮することが知られていて、短鎖脂肪酸の不足は脳内の炎症を増加させ、認知機能の低下や神経疾患の進行を助長する可能性があります。また、腸内細菌の産生するγ-アミノ酪酸(GABA)やセロトニンは、交感神経の過剰な興奮の抑制、うつ症状の改善にも関係しているようです。

腸内細菌代謝物として、ポリアミン(特にスペルミジン)が加齢による認知機能の低下を抑制できる可能性が示されており、これは脳内(海馬)のニューロンを活性化して記憶学習・認知機能に寄与しているためと考えられています。

神経疾患のパーキンソン病においては、パーキンソン病の特徴である異常型α-シヌクレインというタンパク質が腸内で蓄積し、迷走神経を通じて脳に移動するという仮説がありますが、ある種の腸内細菌がα-シヌクレインの類似タンパク(カーリータンパク)を産生していて、これによる腸内細菌とパーキンソン病の発症の関係が示唆されています。尚、異常型α-シヌクレインが脳幹の中脳にあるドーパミン作動性神経細胞に蓄積するとパーキンソン病、大脳皮質のニューロンに蓄積するとレビー小体型認知症を発症します。
また、パーキンソン病患者でも、抗炎症作用を持つ短鎖脂肪酸を産生する腸内細菌が減少していることが報告されています。

腸内細菌は、精神的健康にも影響を与えることが研究で示されています。腸内細菌のバランスが崩れると、ストレスや不安、うつ症状、自閉スペクトラム症が増加する可能性があります。



私たちの健康に大きな役割を担う医薬品、そして医療・ヘルスケア。
そうしたQOL(Quality Of Life)産業界全般にわたって、そのプロセスや情報を支えるITを介して、
日立医薬情報ソリューションズは人々の健康・QOL向上に貢献していきます。


2025年9月10日
吉田 亜登美