個体レベルに見られる老化は、老化細胞やゲノム・エピゲノムの劣化といった細胞レベルの老化とも、生命活動の中でのタンパク変性や炎症といったこととも関連しています。
前回に引き続き、今回も加齢と老化についてみてみましょう。
老化には、主要な要因として、糖化、酸化、炎症が関係しています。
「糖化」とは、過剰な糖が体内のタンパクと結びつき、AGEs(終末糖化産物:Advanced Glycation End Products)という有害物質を生成するものです。
糖が過剰に結合して本来の機能を失った変性タンパクが、細胞や臓器に炎症を引き起こし、細胞の機能を損ない、老化を加速させます。糖化は、特に高血糖状態が続くことで進行しやすくなります。
多くの組織や臓器はタンパクで構成されていますので、AGEsの蓄積は組織機能を低下させることに繋がり、望ましくありません。
AGEsが血管に蓄積すると、動脈硬化が進んで心筋梗塞や脳梗塞の一因となります。皮膚の真皮にAGEsが蓄積すると、真皮幹細胞の働きが抑制されて新しい線維芽細胞ができなくなり、結果として、コラーゲン(これもタンパク)などが減少して、しわやたるみ、くすみの元になります。骨の体積の半分はコラーゲンでできていて、糖化が起きると脆くなり、骨粗鬆症に繋がります。目に蓄積すると白内障の一因となります。
「酸化」とは、対象とする物質が電子を失う化学反応のことで、物質に酸素が化合する、あるいは物質が水素を奪われる反応を指します。
細胞にあるミトコンドリアでは、酸素と栄養素を使ってエネルギー(ATP)を産生しますが、この過程でフリーラジカルや活性酸素を生成します。
フリーラジカルや活性酸素は、電子対を形成しない不安定な電子があり、他から電子を奪うことで電子対を形成して安定化しようとします。この電子を奪う反応が酸化反応です。
フリーラジカルや活性酸素は体内のDNAやタンパク、脂質などを酸化させ、これによって細胞は変性・損傷を受け、機能が低下します。
身体にはこうした酸化を防ぐ仕組み(抗酸化作用)があって、抗酸化物質が自らの電子を提供することで酸化を防ぐのですが、加齢によってその作用が低下することで、酸化が進みます。
酸化ストレスは、酸化反応により引き起こされる生体にとって有害な作用を指しますが、シワやシミなどの老化現象の進行や、がん、心血管疾患、糖尿病などの慢性疾患のリスクを高めるとされます。
「炎症」は、体内で起こる免疫反応の一部で、発赤・発熱・腫脹・疼痛・機能障害が主な徴候です。
炎症には急性と慢性がありますが、一定期間が過ぎれば治まるはずの炎症が低レベルで長期間持続して慢性化した慢性炎症は、万病のもととも言われます。悪性腫瘍、動脈硬化等の循環器系疾患、糖尿病・肝硬変等の代謝系疾患、喘息・自己免疫疾患等の免疫系疾患、クローン病・潰瘍性大腸炎といった消化器系疾患、アルツハイマー病・多発性硬化症・うつ病といった神経系疾患など、多くの疾患における発症や進展に慢性炎症が関わっています。
肥満やストレス、睡眠不足、喫煙、歯周病などが慢性炎症の原因となります。
慢性的な炎症は細胞を傷つけ、組織の線維化による機能低下など老化を促進します。
これら糖化・酸化・慢性炎症という要因は、例えば「糖化によるAGEsの増加⇨酸化を抑える機能の低下⇨酸化ストレス⇨慢性炎症」というように、互いに関連し合い、複合的に老化を進行させます。
寿命や老化に関与する遺伝子の存在が知られています。
遺伝子産物であるタンパクの活性化・抑制で寿命を左右し、この遺伝子の変異によって寿命が変わるというもので、サーチュインやFOXOなど 30種くらいが知られています。
これらの遺伝子は、細胞の修復や再生、抗酸化作用、代謝の調整など、さまざまな生物学的プロセスに関与しています。
寿命遺伝子は、長寿遺伝子(変異すると寿命が縮む)あるいは老化遺伝子(変異すると寿命が延びる)と呼ばれることもあります。
サーチュイン遺伝子は、長寿遺伝子や抗老化遺伝子とも呼ばれ、細胞の修復やエネルギー代謝、老化の抑制に関与しています。現在、哺乳類ではSIRT1からSIRT7までの7種類が発見されていて、それぞれの遺伝子から作り出される特定タンパク(サーチュイン酵素)の発現量を増やすことで老化を制御しています。SIRT1/6/7は核内、SIRT3/4/5はミトコンドリア、SIRT2は細胞質に局在しています。
DNAはヒストンに巻き付いていますが、このヒストンはアセチル基の付加・除去でDNAの読み取り(発現)を制御しています。これは以前のコラム「ゲノムと多様性」で触れた、DNAの発現をコントロールするエピゲノムの働きです。
サーチュイン酵素は脱アセチル化酵素です。DNAが巻き付いているヒストンに対して脱アセチル化によりエピゲノム修正(老化によって不要なアセチル基が付いて不要な情報を読み取ることを修正)がなされることによって老化の進行を抑制するものです。つまり、サーチュイン遺伝子が活性化していれば、脱アセチル化酵素であるサーチュインの働きによりアセチル基の調節が正しく行われ、DNA情報が正確に読み取られるようになり、全身の細胞のDNAの修復などが行われ、老化を遅らせることに繋がります。
FOXOは、DNAに特異的に結合し、DNAの遺伝情報をRNAに転写する過程を制御する転写因子です。FOXO3 遺伝子多型と長寿との関連性が報告されていて、ミトコンドリアの機能維持や代謝、細胞のストレス応答等に関与する遺伝子の発現制御が関係していると考えられているようです。
新たな知見をもとに、老化を制御する試みが行われています。
エピゲノムを正常に機能させるサーチュインに対して、これを活性化する補酵素NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)が有効ですが、加齢とともに減少します。NAD自体は分解されやすく細胞に取り込まれにくいため、体外から補充するものとしては、NADの前駆体であるNMNがサプリとして市販されています。NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)はビタミンB3(ナイアシン)から作られ、細胞に取り込まれるとNADに変換されて、老化を制御するとされるサーチュインを活性化させ、健康寿命を延ばすとされています。
老化細胞に対しては、老化細胞除去薬(セノリティクス)や老化細胞の活動を抑制するセノスタティクスの開発が進んでいます。
細胞を健康な状態に保つ仕組みとしての「オートファジー」も老化抑制・疾病予防に有用と考えられています。
老化現象の進行を遅らせ、寿命を延ばす効果が期待されるとして、Klotho等の抗老化ホルモンの研究もなされています。
巷には情報が溢れています。これらのなかには、科学的であるかのように装いつつ、科学的検証が充分でないものやそもそも検証するつもりのないものもあります。そして効果がないばかりか、身体に悪影響を及ぼすものすらあります。こうした疑似(似非)科学には充分に注意が必要です。
不老の研究に期待しつつ、身近な取組みとして、食事、睡眠、運動、そして社会的な繋がりに留意していきましょう。
私たちの健康に大きな役割を担う医薬品、そして医療・ヘルスケア。
そうしたQOL(Quality Of
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2025年7月10日
吉田 亜登美