人体を構成する細胞が正常な状態にあり、正常な新陳代謝を行うことで健康が維持されますが、個人差はあるにしても年齢を重ねると老化は進みます。
今回は、老化と細胞についてみてみましょう。
老化による細胞の状態変化の特徴がいくつか挙げられています。
遺伝子に関しては、ゲノムとエピゲノムの変化があります。
ゲノムにおいては、紫外線や酸化ストレス等によってDNAが傷つくことで、遺伝情報が正常な状態を維持できなくなります。これは加齢とともに蓄積していき、発がんにも関係します。
また、エピゲノムは遺伝子の発現を制御する機能ですが、この変化は遺伝子発現の異常に繋がるものです。
細胞内部においては細胞内の栄養状態を適切に感知し、応答する能力の低下がみられます。これにより、細胞内の栄養不良や代謝異常が起こり、代謝性疾患や慢性炎症に繋がります。
細胞内のエネルギー産生を担うミトコンドリアでは、エネルギー産生の過程で活性酸素が発生します。ミトコンドリアの機能不全によって、活性酸素が増える一方でエネルギー産生は低下します。活性酸素は、免疫機能において細菌やウイルスを攻撃することで感染を予防したり、細胞間シグナル伝達に関与して細胞の調整を担ったりしていますが、遺伝子や細胞の障害をはじめ、多くの疾患に関与するとされています。
細胞の新陳代謝を担うオートファジーは、細胞内をリニューアルすることで細胞を正常な状態に維持します。老化によるオートファジーの機能低下は細胞の劣化を招きます。
染色体末端を保護するテロメアは、細胞分裂を繰り返すたびに少しずつ短くなります。そしてやがて分裂の継続ができなくなってしまいます。これは細胞の寿命を決める「老化時計」ということができます。
新しい細胞を供給する幹細胞は自己複製によって幹細胞自体を増やすのですが、加齢とともに幹細胞も老化して自己複製能力が低下し、充分な細胞を供給できなくなります。
細胞の分裂や成長が停止した細胞老化や細胞の弾性の低下によって、細胞間情報伝達に変調をきたすということもあります。
また老化による免疫細胞の機能低下は、感染や発がんに対する抵抗力の低下を招き、また炎症反応が起きやすくなって慢性炎症に繋がります。加齢で免疫の衰えた免疫老化の状態となります。
オートファジーが様々な疾患に関連していることは前回述べましたが、異常タンパクの選択的排除や損傷ミトコンドリアの除去といったオートファジーの働きにより、老化に伴って起きる疾患を予防しています。
オートファジーは加齢によって機能が低下しますが、ルビコンというタンパクがオートファジーの機能にブレーキをかけることが解ってきています。
本来、ルビコンはオートファジーの暴走を抑制する役割があるのですが、加齢に伴うルビコンの増加がオートファジーの低下、ひいては個体老化の要因の一つになっているとされています。
ルビコンを抑制することによるオートファジーの活性化が個体の老化を抑制することが明らかになった一方で、脂肪細胞では、ルビコンが加齢によって減少することで、過剰なオートファジーが血糖値やコレステロール値を正常に保つためのタンパクを分解して、生活習慣病の発症に繋がるということも示されています。
また、転写因子モンドAがルビコンを抑制することでオートファジー機能を維持し、細胞の老化を遅らせることも明らかになっています。
オートファジーを調節するタンパクのバランスが崩れてオートファジーが不調になると老化が進むということで、オートファジーの制御メカニズム解明は老化の理解に繋がると考えられます。
細胞核にあるDNAが修復不能なほどのダメージを受けたときに、細胞分裂を停止してがん化を防ぐ仕組みが働きます。これを「細胞老化」と言います。
細胞老化によって細胞分裂を停止したのに死なずに蓄積する細胞が「老化細胞」です。アポトーシスが細胞死であるのに対し、老化細胞は生存状態で、分裂もしないが死んでもいないというので「ゾンビ細胞」とも呼ばれます。
細胞老化は年齢に関係なく起きる現象です。が、加齢によって老化細胞は増加、蓄積します。これは免疫細胞による老化細胞の除去機能の低下が一因と考えられています。
老化細胞が蓄積すると、細胞間のシグナル伝達に使われる炎症性サイトカインやケモカイン等の分泌を促進したり、細胞間を満たす細胞外マトリックスに対する分解酵素の分泌を増やしたりします。こうした細胞老化に伴う現象をSASP(細胞老化随伴分泌現象)と言います。
これは慢性炎症を誘発し、がんや動脈硬化・心血管疾患、糖尿病、白内障、慢性閉塞性肺疾患、アルツハイマー型認知症、骨粗鬆症、変形性膝関節症など加齢に伴って増える病気(加齢性疾患)の発症を促進します。また周囲の正常細胞の細胞老化を引き起こし、組織や臓器の機能を低下させて体の老化をさらに加速させます。
老化細胞を適切に除去できれば老化抑制ができるという期待のもと、老化細胞を標的として、これを除去する薬(セノリティクス)の研究開発が進められています。
候補の一つが、GLS1(グルタミナーゼ1)阻害薬です。GLS1はグルタミンの代謝に関わる酵素です。
老化に伴って細胞内に不良タンパクが溜まると、小胞体(リソソーム)で消化する量が増え、リソソーム膜に損傷が生じて細胞内は酸性になるのですが、GLS1を増やすことによってグルタミンからグルタミン酸になる過程でアンモニアを産生し、これにより細胞内酸性化を中和させることで老化細胞が生存していると想定されています。
GLS1の阻害により老化細胞は生存できずに減少します。マウスの実験ですが、糸球体硬化症・腎機能、肝炎症状・肝機能、肺線維症、筋力低下、動脈硬化等の改善が観察されています。
また、既存の糖尿病治療薬であるSGLT2阻害薬について、老化細胞の表面にある免疫の攻撃を回避するタンパクに対し、その分解を促進して免疫による老化細胞の除去が行われるという作用機作に基づいて臨床研究が進められています。
自然にできる老化細胞は免疫によって監視されて排除されますが、免疫チェックポイント分子PD-L1が老化細胞の一部で発現しており、これによって免疫を回避して排除されないと考えられています。免疫チェックポイント阻害薬の投与により、老化細胞の減少が確認されています。
* 免疫チェックポイント分子・・免疫細胞の働きにブレーキをかける働きを持つ分子
また、老化細胞表面に特異的に発現した分子を標的(抗原)としたワクチンによって老化細胞に対する抗体をつくらせ、免疫によって老化細胞を除去するといったアプローチも研究されています。
こうしたセノリティクスに対し、セノスタティクスは、老化細胞を除去するのではなく、老化細胞の活動を抑制し、老化細胞が分泌する炎症性タンパク質の生成や分泌を抑えることで、慢性炎症や老化関連疾患の進行を遅らせることを目指しています。これにより、老化細胞を完全に除去するセノリティクスとは異なり、組織の線維化などの副作用を避けるなど、新しい治療法として注目されています。
老化を単なる不可避な現象とするのではなく、サイエンスと捉えて老化のメカニズム・抗老化の研究が進められています。
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2025年5月9日
吉田 亜登美