現代の医療において、「薬」は治療に大きなウェイトを占めています。多くの薬が市場に投入され、さまざまな場面でその有用性が発揮されています。
一方で、望む薬が存在しない、入手できない、使用できないといった事態もあります。
今回は、こうしたニーズを満たすことができていない薬について取り上げてみましょう。
アンメット・メディカル・ニーズとは、満たされていない医療ニーズ、つまり、いまだ有効な治療方法がない疾患に対する医療ニーズのことです。新薬の創出によって、有用な治療法が使えるようになってきていますが、それでも尚、アンメット・メディカル・ニーズは数多く存在しています。
薬物治療の観点では、治療満足度と薬剤貢献度で評価されますが、ともに低評価な病気としては、 がん(膵がん)、認知症(アルツハイマー型認知症、血管型認知症)、多発性硬化症、線維筋痛症、ALS(筋委縮性側索硬化症)等が挙げられます。
効果的な薬が出てこない要因としては、疾患メカニズムが解明しきれていない、解っていても効果的な方法が見いだせていないといった攻め手が解らない、あるいは難しいといったことが挙げられるかと思われます。
近代の薬物治療は低分子医薬品が中心でしたが、抗体医薬品に代表されるバイオ医薬品、そして遺伝子治療や細胞医薬といった再生医療等製品が医療現場で使われるようになってきています。このような新しいモダリティの登場によって、従来は難しかった治療が可能になり、アンメット・メディカル・ニーズの解消に繋がっています。
現在の科学技術レベルでは開発が難しいという理由以外にも、技術的には可能ではあるものの市場性の問題で未着手といったことで、医薬品が存在しないということもあります。
また、医薬品自体は存在する場合においても、海外では承認されているが国内で未承認のケース(ドラッグ・ロスやドラッグ・ラグ)、国内で医薬品としては承認されているものの効能や適用条件(小児への使用など)によっては未承認といったケースもあります。
病気も研究が進展するにつれて、病態や疾患メカニズムの観点から細分化されてきています。それによって、奏効率の高い患者さんを特定することが可能になります。
例えば、がんは遺伝子の変異で起こる疾患ですが、遺伝子変異のタイプに合った薬剤を投与できれば、効果が高いということになります。一方で、遺伝子変異のタイプによっては効果的な治療法が確立できていないため、遺伝子変異の検査である遺伝子パネル検査を行って変異遺伝子が特定できても、それに特化した治療法がないということがある訳です。このことは新たなUMNとも言えそうです。
また、診断がつかないというケースもあります。つまり、「症状」はあるのに何の病気かわからないというものです。こうした病気を「未診断疾患」と呼びますが、診断プログラムの確立が望まれます。
診断精度の課題もあります。例えば、認知症の診断も100%ではないといったことがあります。
希少疾病(Rare Disease)というのは、医薬品医療機器等法において、日本国内の患者数が5万人未満の病気と定められています。
病気が稀であることで、一般の医師では診断が難しい場合があるなど、診断に時間を要することがあります。
希少疾病の治療に用いられる医薬品を「オーファンドラッグ」と言います。
患者数が少ないことにより、需要が少ない、臨床開発(症例収集)が難しいといったことがあり、一般的な疾患に比べて研究開発が遅れがちでしたが、近年、先進国では公的支援制度が設置されたこともあり、オーファンドラッグの研究開発も進むようになってきています。
日本でも「対象者数」「医療上の必要性」「開発の可能性」に係る基準を満たすことで、希少疾病用医薬品に指定されると、優先審査や税制措置等の優遇策があります。この制度は医薬品だけでなく、医療機器、再生医療等製品も同様に扱われます。
難病(intractable disease)は、2015年に施行された「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)によって、以下の条件を全て満たすものと定義されています。
1)発病の機構が明らかでない
2)治療方法が確立していない
3)希少な疾患である
4)長期の療養を必要とするもの
指定難病は、上記に加えて、更に以下の条件を満たすもので、2024年12月現在、341疾病が指定されています。指定難病は医療費助成の対象となります。
5)患者数が日本において一定の人数(人口の約0.1%程度)に達しないこと
6)客観的な診断基準(またはそれに準ずるもの)が成立していること
希少疾病や難病は治療法を見出すことが難しいうえに、開発を進めることにも困難が付きまといます。
研究から事業化に至る障壁・難所を示す言葉に、「魔の川・死の谷・ダーウィンの海」というのがあります。
「魔の川」は研究ステージと製品化に向けた開発ステージの間、「死の谷」は、開発ステージと製造・販売の事業化ステージの間、「ダーウィンの海」は、事業化ステージと事業成功の産業化ステージの間に存在する障壁を指したものです。
特に医薬品においては、創薬医薬品開発の難しさを象徴するものとして「死の谷」の克服が課題となっています。
製品候補が定まって製品化(製造販売承認取得)に向けて開発を実施していく中で、ドロップ(開発を断念)することが多々ある、つまり成功確率が必ずしも高くないという問題です。
こうした基礎研究(非臨床)と臨床開発のギャップを減らすことで、医薬品開発の成功率向上や効率化を図ろうとするアプローチが「トランスレーショナルリサーチ(Translational Research)」と呼ばれるものです。
これは基礎研究と臨床の橋渡しの役割ですが、基礎研究の成果を臨床に橋渡しする研究である「トランスレーショナルリサーチ」、逆に臨床の知見や課題を研究にフィードバックする「リバーストランスレーショナルリサーチ」があります。
これにより、より医療のニーズに合った創薬のシーズ探索や効率的・効果的な開発に繋がることが期待されます。
私たちの健康に大きな役割を担う医薬品、そして医療・ヘルスケア。
そうしたQOL(Quality Of
Life)産業界全般にわたって、そのプロセスや情報を支えるITを介して、
日立医薬情報ソリューションズは人々の健康・QOL向上に貢献していきます。
2025年1月10日
吉田 亜登美