生物は体内に時計を持っていて時間を把握し、体内の状態を調整する機構が備わっています。
今回は、前回に続き、体内時計について見ていきましょう。
時差のある場所に移動すると時差ボケ(ジェットラグ)が生じます。これは体内時計と現地時間のずれによるものです。
体内時計(概日リズム)の乱れはこれに似た状態です。
解りやすいのは睡眠への影響で、望ましい時間に入眠・覚醒することが難しいという状態になります。睡眠不足では、日中の眠気や頭痛・倦怠感・食欲不振、それに意欲低下・記憶力減退などの不調が現れてきます。また、体内ホルモン分泌や自律神経機能にも影響します。これが常態化すると、肥満やメタボリックシンドローム、糖尿病、心筋梗塞や狭心症などの心血管疾患といった生活習慣病に罹りやすいと言われています。また認知機能にも影響を及ぼすことが分かっています。
更には老化やがんにも関係するようです。
最近取り上げられるようになった体内時計の乱れに、「ソーシャル・ジェットラグ」があります。これは平日と休日の就寝・起床リズムのずれを指し、肥満リスクのほか、休日明けの体調不良や憂うつ感を引き起こすといわれています。休日であっても生活のリズムを一定にすることで予防できます。
時差のある場所に移動した場合に生ずる時差ボケ(ジェットラグ)は、体内時計と現地時間のずれによるものですが、これはジェット旅客機の発明により、高速な飛行機を使って長距離を短時間で移動することでヒトが経験するようになった現象です。
時差ボケには、バソプレシンというホルモンが関わっています。
バソプレシンは、体内時計の維持に重要な役割を果たしていて、バソプレシンとその受容体が概日リズムの頑健性維持を担っています。これにより中枢時計は環境の変化(現地時間の周期)に即座に対応できないのです。体内時計が新しい時間帯に適応するのに、通常1週間くらいかかるようです。
同じ時差であっても、西回りの旅行と東回りの旅行では時差ボケの程度は異なります。西回りの場合、移動によって1日が長くなりますが、体内時計が自然に長くなる傾向があるために体内時計の調整が比較的容易だと考えられています。逆に、東回りの場合、移動によって1日が短くなり、体内時計を短くするのが自然には難しいために体内時計の調整が難しいと考えられています。
疾患発症の日内リズムと時計遺伝子の関係については、近年の研究で多くのことが明らかになっています。
喘息発作が夜中から早朝に起きやすいのは、抗炎症作用を持つコルチゾール(内因性ステロイド)の分泌量が夜中に少なくなるためと考えられています。
心筋梗塞や脳梗塞といった血栓症が早朝に多いのは、血液凝固線溶系の活性が低下することが要因と考えられています。これは、線溶系の主要な抑制因子であるプラスミノーゲンアクチベーターインヒビター-1(PAI-1)が、時計遺伝子によって調節されていることによって日内変動を示すことによります。
糖尿病や肥満などの代謝性疾患は、時計遺伝子の異常や日内リズムの乱れと関連しています。夜型の生活やシフトワークは、体内時計を乱し、これが代謝機能に悪影響を及ぼすことが示されています。
これは、時計遺伝子が脂肪細胞や肝臓の糖・脂質代謝機能を調節していて、これらの遺伝子が正常に機能しないと、インスリン抵抗性が増加し、糖尿病のリスクが高まるというものです。時計遺伝子の発現パターンの変化により、エネルギー代謝や脂肪の蓄積が異常になり、代謝性疾患の発症リスクが高まると考えられています。
また、時計遺伝子の異常は、がんにも関連していると考えられています。
体内時計が正常に機能していると、細胞分裂の周期が安定して細胞の健康を保つことができます。しかし、体内時計が狂うと、細胞分裂のタイミングが乱れ、がん細胞の発生リスクが高まることが示されています。フライトアテンダントや夜間のシフトワーカーにおいては、女性では乳がんリスク、男性では前立腺がんリスクが高いことがわかっています。
また、免疫細胞に備わっている時計遺伝子が、免疫に深く関連しているとされます。
このように、時計遺伝子と日内リズムは、私たちの健康に深く関わっており、これらのリズムを整えることが疾患予防に重要です。
概日リズムは薬物動態にも影響を及ぼすとされます。体内の日内変動を利用した投薬時間の調節により、薬効の最大化や副作用の軽減が可能になると考えられています。このような概念を時間薬理学といいます。
喘息に汎用される気管支拡張薬テオフィリンについては、朝投与では昼間の血中薬物濃度が高くなって有害反応が出やすくなる一方、夜間には血中濃度が低くなって効果が得られないので、発作の起こりやすい夜間から早朝に血中薬物濃度が高くなるように、就寝前投与が適していると言えます。
脂質異常症においては、肝臓におけるコレステロール生成に日内変動があって、生成が夜間に最大になることを考慮します。肝臓内におけるコレステロール生成を阻害し、血中コレステロールを肝内に回収させることによって血中コレステロールを低下させるスタチン系の一部は、朝服用ではなく夜間服用の方が大きな効果を期待できます(同じスタチン系でも薬剤によって異なります)。
高血圧の場合は、血圧変動タイプと作用機作を考慮する必要があります。
疾患症状の日内変動に関わらず、投与時刻によって効果・副作用が異なる場合があります。
これは肝機能、腎機能、薬物結合タンパク、胃内pHといった要因が関係しているものです。
日常診療への導入はさほど多くはないかもしれませんが、このように、生体内リズムを考慮した薬剤の投与方法についても研究されています。
時間という要素は、体内の状態変化に重要な意味を持っています。
腹時計などという感覚的なものではなく、遺伝子レベルで調節機構があり、そのことが解明されてきています。
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2024年12月10日
吉田 亜登美