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株式会社日立医薬情報ソリューションズ

Column

体内時計の話

「医薬」よもやまばなし

2024年11月08日

生物は体内でいろいろな機能が規則正しく働くことで生命を維持しています。
2017年のノーベル生理学・医学賞は、体内時計の分子メカニズムの発見に対して授与されました。受賞したのは、アメリカのジェフリー・ホール、マイケル・ロスバッシュ、マイケル・ヤングの3名の研究者です。
今回は、恒常性維持(ホメオスタシス)に関係する体内時計について見ていきましょう。

体内時計と概日リズム

生物は時間を把握して体内の状態を調整する機構を備えています。
地球における自転周期は24時間ですが、体内でもいろいろな生理現象が概ね24時間周期で変動しています。
この24時間周期のリズムを「概日リズム(サーカディアンリズム)」と言います。外環境に変化がなくても(例えば外から光が入ってこない状態)、自律的にこのリズムを維持することができ、この機構を体内時計(生物時計)と呼んでいます。

睡眠と覚醒、体温や血圧、ホルモン分泌などの基本的な機能は24時間のリズムを示すことがわかっています。

朝が来ると血圧と心拍数が上がり始め、昼には血中へモグロビン濃度が最も高くなります。夕方には交感神経の働きがピークとなり、血流量も増えて心拍数や血圧、体温が上がります。夜には血圧が下がり、血液供給量は減ります。
尿に関しても、昼間は腎臓で産生されて膀胱に溜まってくると、脳が尿意として感知して効率的に排尿されますが、夜間は脳の覚醒レベルが低下し、腎臓での尿産生が減少、膀胱の機能的容量が増大することで排尿は抑制されます。

ホルモン分泌も然りで、例えば、メラトニンは昼には分泌されずに夜になると急激に分泌量が増えますし、成長ホルモンは夜に寝てから1時間後にだけ分泌量が急に増えます。
細胞分裂も体内時計とリンクして24時間周期があります。細胞分裂は夜間に行われることが多く、これは紫外線によるDNA損傷を避けるためと考えられています。

ヒトの体内時計の周期は24時間ちょうどという訳ではなく、個人差はありますが、一般に24時間よりやや長い(概ね25時間)とされます。このサイクルは光に関係なく刻まれますが、光によってリセットされることが分かっています。
目の網膜に対する光が体内時計に伝達されることによって、外的時間と内的時間を合わせることができます。なので、朝いちばんに日の光を浴びるとよいと言われているのです。
つまり、体内時計はそれ自身が生体リズムを刻む自律性を持ちますが、環境に合わせる同調性も保持しています。

また、心臓のリズムは秒単位、排卵や基礎体温(エストロゲンとプロゲステロンの分泌の変化)は概ね月単位(月の自転周期28日に相当)です。動物の毛や羽の生え代わりは1年周期(地球の公転周期)です。また素数ゼミ(13年ゼミ、17年ゼミなど)のような長周期のものもあります。

生物は全て時計の遺伝子を持っていて、いろいろな周期で生命活動のリズムを刻むことができます。

時計遺伝子

生体リズムをコントロールしている、体内時計の分子メカニズムに関わる遺伝子群が「時計遺伝子」です。

下記のループが24時間周期で起きることにより、概日リズムが形成されています。
 ①時計遺伝子にアクセルがかかる
 ②時計遺伝子から時計タンパクが作られる
 ③時計タンパクが増えるとブレーキがかかる
 ④時計タンパクが減る ⇨①に戻る

転写因子であるCLOCK/BMAL1 複合体(ヘテロ二量体)は、Per(period)遺伝子及びCry(cryptochrome)遺伝子の転写を活性化させて(①)、PERタンパク/CRYタンパクを生成します(②)。PERタンパク/CRYタンパクは複合体を形成し、CLOCK/BMAL1 複合体の転写活性を抑制します(③)。PERタンパク/CRYタンパクが作られずに減少し(④)、ブレーキが緩んで転写が活性化する(①)というループ(転写翻訳フィードバックループ)による制御です。

Per遺伝子やCry遺伝子、CLOCKタンパク/BMAL1タンパクを生成するCLOCK遺伝子/BMAL1遺伝子が時計遺伝子です。

中枢時計と末梢時計

時計遺伝子が発現して機能する体内時計としては、中枢時計と末梢時計があります。

全身の細胞・臓器において、時計遺伝子が発現して生体リズムを維持しています(末梢時計)。
また、脳の視床下部にある視交叉上核が生体リズムを司る体内時計の中枢の役割をしており(中枢時計)、目から入った光の明暗を感知することで24時間リズムのリセット(外的時間と内的時間を合わせる)を行っています。

網膜にある視細胞は感知した光情報を電気信号に変換し、網膜内の双極細胞を介してメラノプシンを含む神経節細胞に信号が伝わります。この信号は視神経を通って脳に送られ、視交叉上核に到達します。視交叉上核では光情報が処理されて概日リズムの調整が行われ、体内時計の中枢として機能します。

視交叉上核のシグナル(時間情報)は自律神経系(交感神経系・副交感神経系)を介して末梢組織にある末梢時計に送られます。
また、交感神経系を介して副腎に伝わって副腎皮質から糖質コルチコイド(グルココルチコイド)が分泌され、全身の細胞にある糖質コルチコイド受容体が糖質コルチコイドを認識することで、時間情報を受け取ります。
このようにして中枢時計と末梢時計の同期が取られます。

個々の組織・細胞にある末梢時計は、それぞれの各組織の生理機能の概日リズムを調整しています。そして、中枢時計は全身の統制をとることで、個体レベルの概日リズムを制御しています。



◇動物のサイズと時間

動物(哺乳類)のサイズと時間の関係についての報告がなされています。
大きな動物ほど寿命が長い傾向があります。例えば、ゾウは70年ほど生きるのに対し、ネズミは数年しか生きません。これには心臓の鼓動の速さが関係しており、大きな動物の心臓はゆっくりと鼓動するため、寿命が長くなると考えられています。ネズミの心拍数が1分間に650回程度であるのに対し、ゾウでは30回程度です。翻って、一生の間の心臓の鼓動の数は概ね同じくらいになる計算です。
鼓動の間隔(心周期)でみると、小さな動物ほど時間が速く進むと感じられます。この時間の進み方(生物的時間)においては、体重の1/4乗に比例する関係があります。つまり、体重が10倍になると時間が1.8倍長くなるということです。ちなみに30グラムのハツカネズミと3トンのゾウでは、体重が10万倍なので、ゾウでは時間が18倍ゆっくり進むという計算になります。
また、代謝速度に関しては、小さな動物は代謝速度が速くてエネルギー消費も高く、逆に、大きな動物は代謝速度が遅くてエネルギー消費も低いです。例えば、ネズミは短い一生の間に多くのエネルギーを消費しますが、ゾウは長い一生の間にゆっくりとエネルギーを消費します。エネルギー消費量は体重の3/4乗に比例し、体重当たりのエネルギー消費量に寿命を掛けると一定になります。
このように、動物のサイズはその生物学的な時間の進み方や寿命に大きな影響を与えています。



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2024年11月8日
吉田 亜登美