細胞にはいろいろな機能があります。
前回は細胞の輸送システムについて見ましたが、今回は、細胞における情報(シグナル)伝達とエネルギー生成について見ていきましょう。
生物(多細胞生物)は、外部環境への適応、個体としての統一の取れた反応や内部環境の恒常性維持(ホメオスタシス)のために、生体内で情報を伝達する仕組みを有しています。
この個体を構成する細胞における情報のやり取りを「シグナル伝達」といいます。その要素は、信号(シグナル)、受容体、応答です。
細胞外の情報(シグナル)を介した細胞間の伝達と、細胞外のシグナルを受けた細胞内の情報伝達があります。
これらは細胞で引き起こされる化学反応の積み重ね(連鎖反応:カスケード)でもあります。
細胞の膜表面には細胞外からシグナルを受け取る様々な受容体タンパクがあります。この受容体は特定のシグナル分子(情報伝達物質)と結合して、その情報を細胞内に伝達します。
受容体は、特定の分子と特異的に結合することで、多数存在する細胞外シグナル分子を選別します。そして、受容体はシグナル分子が結合したことを受けて、細胞内に新しいシグナルを発信します。これは、細胞外シグナル分子が細胞膜上の受容体に結合すると、受容体タンパク質の高次構造(コンフォメーション)が変化することで活性化し、細胞内へのシグナルとなり、細胞応答が開始されるというものです。
細胞間シグナル伝達にはいくつかの種類があります。
生体内に存在し、受容体(レセプター)に結合するシグナル分子を「リガンド」といいます。リガンドは結合した受容体に固有の細胞内シグナル系を発動させます。
受容体の結合部位に対して結合できる構造を持つ分子は、その受容体に結合できることになりますので、この部分構造を持つ異なる分子が同一の受容体に結合することはありえます。このことは薬に応用できます。
生体内には存在しない物質で、受容体に結合してリガンドと同様に細胞内シグナル系を発動させる物質を「アゴニスト」といいます。
また、リガンドと類似した構造をもつことで受容体には結合するものの、シグナル伝達を作動させないものを「アンタゴニスト」といいます。これは本来のリガンドが受容体に結合するのを阻害し、シグナル伝達を遮断します。
種々の受容体に対して高い選択性をもつアゴニストやアンタゴニストは病気の治療薬として開発され、利用されています。
細胞内にシグナルが伝わると、上流からのシグナルを受けてシグナル伝達タンパクはON(活性型)になり、下流にシグナルを伝達した後、OFF(不活性型)に戻ることを繰り返しながらシグナルを伝達していきます。
ここでは主に、タンパク質の構造修飾や相互作用等によってタンパク質の高次構造(コンフォメーション)に変化が生ずることで、ON/OFFが切り替わっています。
タンパク質間の相互作用の連鎖によって、最初の信号は増幅・分配され、いくつかの応答を引き起こします。
細胞が活動するためにはエネルギーが必要です。
食事など体外から取り入れた栄養素は、消化器で消化酵素の働きによって分解され、小腸から吸収されます。これは血流に乗って、ブドウ糖(グルコース)の形で細胞に入ります。細胞に取り込まれたブドウ糖は、細胞質にある解糖系酵素によって順次代謝されてピルビン酸になります。グルコースからピルビン酸に至る反応経路を「解糖系」といいます。
ピルビン酸はミトコンドリアマトリックスに入り、酵素反応を受けて補酵素Aと結合し、アセチルCoAとなります。このアセチルCoAによって一連の反応系が進んでいきます。この一連の反応系を「クエン酸回路(TCA回路)」といいます。
この反応系(代謝経路)は「電子伝達系」と連動していて、大量のATPが合成されます。
クエン酸回路で生成した水素イオンは、電子伝達系を介してミトコンドリアの内膜と外膜の間の膜間腔に入ります。水素イオンが放出されるにつれて、この膜間腔の水素イオン濃度が上がり、濃度の低いミトコンドリアマトリックスに戻ろうとします。この際、膜間腔とミトコンドリアマトリックスの間には内膜があります。内膜に組み込まれたATP合成酵素が水素イオンの経路となり、そのエネルギーでミトコンドリアマトリックス内においてADP(アデノシン二リン酸)にリン酸が結合することでATP(アデノシン三リン酸)が合成されます。
グルコースが利用できない状況では、脂肪組織のトリグリセリドの分解で得られた遊離脂肪酸がβ酸化を受けてATP産生に利用されます。
細胞活動で使われるエネルギーは、一般的にATPという物質の形でやり取りされます。ATPは、アデニンという核酸塩基とリボース、3個のリン酸からできています。3個のリン酸が脱水縮合することで、高いエネルギーをもった化合物になっています。リン酸基の加水分解によって、そのエネルギーを利用することができます。
ATPは常に細胞内で合成され、ATPの分解の際に高エネルギーリン酸結合からエネルギーが放出されます。
ATPは生命活動で必要となる分子で、細胞内のエネルギー通貨と言われます。
◇ エクソソーム
生体内で情報を伝達する物質はいろいろありますが、最近になって注目されているものに、エクソソームがあります。
エクソソーム(exosome)は細胞から分泌される直径100nm程度の顆粒状の物質(細胞外小胞:extracellular vesicle)です。脂質二重膜の中に、核酸(マイクロRNA、mRNA、DNAなど)やタンパク質などを含んでいて、細胞間コミュニケーションツールの働きを持つとされます。
例えば、がん細胞が分泌するエクソソームに内包されるマイクロRNAが腫瘍内血管新生を引き起こして転移にも関与していること、血中に分泌されたがん細胞由来のエクソソームを除去することにより転移を抑制できるといったことが解ってきています。
こうした研究を通して、病態の解明や治療の開発に繋げられる可能性が出てきています。
※但し、2024年8月現在、医薬品として承認されたエクソソーム製剤はありません。
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2024年8月8日
吉田 亜登美