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株式会社日立医薬情報ソリューションズ

Column

核酸医薬

「医薬」よもやまばなし

2023年11月10日

2023年のノーベル生理学・医学賞は、メッセンジャーRNA(mRNA)の技術による新型コロナウイルスワクチン開発を可能にした発見により、米ペンシルベニア大のカタリン・カリコ特任教授とドリュー・ワイスマン教授の2人に授与されることになりました。
このmRNAワクチンは、核酸医薬の一つです。
核酸医薬は、バイオ医薬品の一種で、抗体医薬品に続いて脚光を浴びているものです。
今回は、この核酸医薬についてみてみましょう。

核酸医薬とは

核酸は遺伝情報に関係する物質で、DNAとRNAがあります。塩基、糖であるデオキシリボース/リボース、リン酸が結合したもの(ヌクレオチド)で構成されています。また、遺伝子情報の発現は、「セントラルドグマ」と呼ばれる「DNA →(転写)→ mRNA→(翻訳)→ タンパク質」というプロセスから成っています。(詳細はコラム「ゲノムの話」を参照ください)

核酸医薬は、DNA/RNAの構成成分を基本骨格として、化学合成された医薬品です。天然核酸あるいは構造修飾した人工核酸のヌクレオチドが数十個連結したオリゴヌクレオチド(「オリゴ」というのはギリシャ語で「少ない」という意味)で構成されています。
いろいろなタイプがありますが、疾患関連遺伝子やタンパク質に関与してその機能を制御することで、効果を発揮します。

核酸医薬は、ペプチド医薬とともに中分子医薬と位置付けられるようになっています。
低分子医薬品に比べて標的特異性が高く、抗体医薬品とは異なって細胞膜を通過して細胞内に入ることができ、化学合成が可能であることが特徴に挙げられます。

体外から核酸が入ってくることに対しては、生体防御の観点から核酸分解機能が働きます。このため、医薬品として機能するためには、標的に届くまで分解されないこと、標的に確実に届くことが必要となります。

mRNA医薬

mRNA(メッセンジャーRNA)は遺伝情報であるDNAの一部を一時的にコピー(転写)したもので、このmRNAの情報をもとにタンパク質がつくられます。
mRNA医薬は一本鎖RNAからなり、細胞内の翻訳機構を使ってタンパク質を発現します。

mRNA医薬はDNAと異なり、細胞核内での転写が不要で翻訳段階のみが細胞内で行われるため、投与からタンパク質発現までに要する時間が短く、細胞核内に入る必要もなく、ゲノムに組み込まれるリスクがないといった利点があります。
mRNAを薬やワクチンとして使う発想は1990年頃からあったようですが、実用化にはハードルがありました。

体外から入れたmRNAは体内で免疫反応(自然免疫)により異物とみなされ、炎症反応が起きて排除されてしまいます。(体内で生成されたmRNAは異物ではないので排除されません)
これに対して、RNAの構成要素であるウリジン(ウラシル+リボース)が化学修飾されたシュードウリジン(シュードpseudoというのは「偽りの」という意味です)に置き換わると、自己のRNAとして免疫を回避できることがわかりました。この化学修飾が自己と異物を認識する標識になっていたということです。これにより、翻訳効率が高くなり、タンパク質が合成されるようになります。これで障壁の一つが解決されました。

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もう一つの障壁はmRNA自体が壊れやすいことでした。これに対しては、mRNAの末端に付加するキャップ構造を工夫することで安定性を高めることができ、またキャリアとして脂質ナノ粒子(LNP:Lipid NanoParticle)を用いることで細胞まで運ぶことが可能になりました。キャップ構造はmRNAを分解から保護すると同時に、mRNAの翻訳を促進する働きを持ちます。またキャリアは、RNA分解酵素(リボヌクレアーゼRNase)による分解から保護し、細胞に届けるDDS(Drug Delivery System)です。

新型コロナウイルス感染症COVID-19に対するmRNAワクチンでは、ウイルスのスパイクタンパク質(ウイルスの表面の突起部)をコードするmRNAを直径100nm程度の脂質ナノ粒子で包みます。そして筋注(筋肉注射)によって投与され、細胞まで運ばれて、細胞内でmRNAからコードされたスパイクタンパク質が合成されます。合成されたスパイクタンパク質は細胞膜へ運ばれ、細胞表面に現れます。このスパイクタンパク質は抗原に相当し、これに対して、B細胞が結合する抗体を作り、ウイルス感染細胞を直接攻撃するT細胞が生成されるといったことで、免疫が獲得されます。

このコロナワクチンの前に、インフルエンザやHPV、ジカ熱等の感染症に対するワクチンに対して実用化に向けた臨床試験が実施されており、そうした状況によってコロナワクチンが驚異的なスピードで開発・実用化されました。
ウイルスの遺伝子配列の解析が迅速にできるようになっています。どの部分を抗体の標的にするかが特定できれば、それに対するmRNAを搭載させたワクチンをつくることが可能となった訳です。

mRNA医薬は感染症の予防ワクチンだけでなく、疾患の治療への応用が進められています。
がん免疫療法(治療を目的とするがんワクチン)をはじめ、虚血性心疾患や特定のタンパク質をコードする遺伝子の欠損・異常が原因で生じる先天性遺伝子疾患に対する治療、骨等の再生医療について、既に臨床試験が始まっています。原理的には、種々のタンパク質をmRNA から翻訳して発現させることで、それらが持つ治療効果を発揮させることができるので、種々の疾患に応用できる可能性があります。



mRNA医薬以外の核酸医薬については、次回、お話しましょう。



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そうしたQOL(Quality Of Life)産業界全般にわたって、そのプロセスや情報を支えるITを介して、
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2023年11月10日
吉田 亜登美

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