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株式会社日立医薬情報ソリューションズ

Column

痛みの科学

「医薬」よもやまばなし

2021年07月09日

痛みを感じることができないという病気もあって例外はあるものの、痛みは多かれ少なかれ誰しもが経験するものです。
痛みは不快な感覚ですが、身体の異常を認識させてくれるものでもあります。
今回はこの「痛み(疼痛)」を取り上げてみましょう。

痛みの伝達

痛みを感じる経路(痛覚伝導路)としては、末梢⇒脊髄⇒脳へと伝達されます。
末梢神経にある侵害受容器が刺激されると、神経細胞(ニューロン)を通って、脊髄後角⇒延髄⇒中脳⇒視床⇒大脳皮質へと痛みの情報が伝わっていきます。
伝導路にあたる神経細胞としては、侵害受容器~脊髄後角を一次ニューロン、脊髄後角~視床を二次ニューロン、視床~大脳皮質を三次ニューロンと呼びます。
一つのニューロン内では電気的信号(活動電位)として伝導し、ニューロン間はシナプスと呼ばれる接続部位において神経伝達物質による化学的信号として伝達します。
痛みとして感知するのは、大脳皮質(知覚野)です。
末梢から脳への痛みの伝達は上行性痛覚伝達系と言いますが、一方、脳から脊髄に至る下行性痛覚抑制系というのもあり、これは痛みを抑制する働きを持ちます。

痛みの種類

痛みの発現メカニズムの観点で、「侵害受容性疼痛」「神経障害性疼痛」「心理社会的疼痛」に分類されます。

「侵害受容性疼痛」とは、切り傷・火傷・打撲・骨折等の外傷や炎症等による組織の損傷から引き起こされる痛みです。
組織の損傷に繋がる刺激(侵害刺激)が末梢神経にある侵害受容器から中枢へと信号として伝達します。生体防御のための生理的な疼痛と言えます。
歯痛、関節リウマチや変形性関節症、内臓の炎症や閉塞・圧迫などの痛みなどもこれに該当します。

「神経障害性疼痛」は、神経自体の遮断・損傷といった障害や機能異常によって起こる痛みです。
脊髄損傷や帯状疱疹後の神経痛、糖尿病の合併症に伴う痛み、坐骨神経痛、頚椎症に伴う神経障害疼痛などがあります。

「心理社会的疼痛」は、痛みの原因となり得る明らかな組織損傷や神経損傷等の異常が見つからない痛みです。
従来、心理的原因による心因性疼痛と捉えられていましたが、脳の身体についての認知機能の異常によって生じる痛み(脳自体で感じる痛み)と考えられています。

また複数の要因・要素による混合性疼痛もあります。特に痛みが慢性化すると、この状態になることがあります。

痛みの持続時間の観点からは、急性疼痛と慢性疼痛に分類されます。
概念的には、急性疼痛は侵害刺激による一過性の生理的疼痛、慢性疼痛は初期の痛みの原因がなくなっても持続する痛みを指すようですが、実際には時間軸として、急に痛くなって1ヶ月以内でおさまる痛みは急性、3ヶ月以上持続または繰り返す痛みは慢性といわれるようです。

急性の痛みは、通常、原因となる傷病の治癒とともに消えますが、痛みが生じたときに適切な治療をせずに放置することで慢性の痛みになってしまう場合があります。
痛みの神経回路が元に戻らなくなる(神経可塑性)ことで慢性化すると、治療が難しくなります。
また、侵害受容性疼痛よりも神経障害性疼痛のほうが慢性化しやすいという傾向があります。

鎮痛薬

では痛みの治療に使用される薬をみてみましょう。
鎮痛薬は、「非オピオイド鎮痛薬」「オピオイド鎮痛薬」「神経障害性疼痛治療薬」に分類されます。

オピオイドというのは、中枢神経や末梢神経に存在する特異的なオピオイド受容体への結合を介してモルヒネに類似した作用を示す物質の総称です。

植物由来の天然のオピオイド、化学的に合成・半合成されたオピオイド、体内で産生される内因性オピオイド(エンドルフィンやエンケファリンなど)があります。
モルヒネに代表される麻薬性鎮痛薬が有名ですが、オピオイド鎮痛薬の全てが麻薬という訳ではなく、非麻薬性オピオイド鎮痛薬もあります。(もちろん麻薬全てが麻薬性鎮痛薬ということではありません)
臨床では、主に中枢神経系(脊髄・脳)のオピオイドμ受容体に作用するオピオイド鎮痛薬が使われていますが、その使用には注意を要します。

非オピオイド鎮痛薬としては、非ステロイド性抗炎症薬、アニリン系(非ピリン系)のアセトアミノフェンがあります。

非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、ステロイドではない抗炎症薬ですが、鎮痛作用、解熱作用、抗炎症作用を有します。NSAIDsはシクロオキシゲナーゼ(COX)という酵素を阻害するのですが、COXはアラキドン酸からプロスタグランジンを生成する際に働く酵素です。
プロスタグランジンは、発痛物質であるブラジキニンの侵害受容器における感受性を高める(痛みを増強させる)とともに、局所の炎症発現にも関与します。
つまり、NSAIDsはCOXの活性を阻害してプロスタグランジンの生成を抑制することで、痛みの原因であるブラジキニンに対する感受性を抑制し、また抗炎症作用によってブラジキニン生成を抑制することで、痛みを鎮めます。
アスピリンやインドメタシン、ロキソプロフェンなど、解熱・消炎・鎮痛薬として広く使用されています。

アセトアミノフェンは抗炎症作用を示さない解熱鎮痛薬です。中枢系への作用によって解熱・鎮痛効果を示し、末梢性の抗炎症作用は示さないと考えられています。

神経障害性疼痛治療薬であるCa2+チャネルα2δリガンド(ブレガバリン・ミロガバリン)は、痛みに関わる神経伝達物質の放出を抑えることで痛覚伝達を抑制します。また、抗うつ薬である三環系抗うつ薬やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の一部も神経障害性疼痛の治療薬として用いられますが、これは下行性痛覚抑制系を賦活化することによる効果です。

このような疼痛治療薬以外に、痛みの種類や状態によっては抗てんかん薬、血管拡張薬、筋弛緩薬、抗不整脈薬などが鎮痛補助薬として使用されることもあります。

こうした薬物療法以外に、局所麻酔薬などを注射する神経ブロック療法、手術療法、リハビリテーション、心理療法などがあります。

疼痛は原因となる疾患における病状の悪化をもたらしたり、治療効果を妨げることがあるということも指摘されており、こうした点でも鎮痛も重要な治療標的と考えられます。

◇ こぼれ話:痛みの可視化
痛みは感覚的で主観的なもののため、客観的な評価が難しそうです。
細胞から体液中に放出されるエクソソームに含まれる細胞由来のmicroRNAなど、痛みによって変動する物質が同定できれば、痛みの客観的評価に繋がると考えられています。
また脳画像検査による方法も研究されているようです。
痛みの質・強度の診断、治療法選択や治療効果評価に有用なバイオマーカーとして臨床応用される研究成果が期待されます。

✽ 本稿では、がん性疼痛は除外して記述しています。

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2021年07月09日
吉田 亜登美

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