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株式会社日立医薬情報ソリューションズ

Column

iPS細胞

「医薬」よもやまばなし

2021年04月09日

2006年に誕生したiPS細胞(人工多能性幹細胞)。2012年にはその成果を基に京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥教授がノーベル生理学·医学賞を受賞されたことでも話題になりました。
再生医療の世界で重要な役割が期待されるiPS細胞について、その応用も含めて概観してみましょう。

iPS細胞

生体は多くの種類の細胞によって形作られ、それぞれの持つ固有の機能が集まって生体を維持しています。それらの細胞は受精卵を出発点として分裂を繰り返しながら一定の機能や形を持つ細胞に変化(分化)してきたものです。細胞は未分化の状態から段階的に分化して身体の一部を構成する細胞になります。普通の細胞(体細胞)はいったん分化を終えると、改めて他の細胞に分化することはできません。
「幹細胞」は分化途中あるいは分化前の状態であって他の細胞に分化することができるもので、多分化能(複数の種類の細胞を作り出す能力)と自己複製能(多分化能を保持したまま増殖できる能力)を持っています。

体内で働く幹細胞(体性幹細胞・組織幹細胞)は、体内の特定の場所に存在し、状況に応じて特定の細胞に分化します。例えば、造血幹細胞(血液成分の基になる)、神経幹細胞、上皮幹細胞、肝幹細胞、生殖幹細胞、間葉系幹細胞(骨細胞、心筋細胞、軟骨細胞、腱細胞、脂肪細胞などに分化)、骨格筋幹細胞などがあります。体細胞には寿命があり、幹細胞からつくられた体細胞に置き換わっていきます。
また胎児の血液に含まれていて出産後の臍の緒から採取できる臍帯血幹細胞というのもあります。
これらの幹細胞はある特定の範囲の細胞に分化できる能力(多分化能)を持っています。

これに対して、どんな細胞にも分化できる(多能性)幹細胞を人工的に作製したものの代表がES細胞とiPS細胞です。

ES細胞(胚性幹細胞)は胚(受精卵が分裂して胎児になるまでの段階)内部の細胞(多能性幹細胞)を取り出して培養することで作られます。実際は廃棄される余剰胚を使用するのですが、それでも生命の可能性のある胚の使用には倫理的に問題視される向きがあります。また免疫の型が一致しない場合は拒絶反応を起こします。

iPS細胞では、分化し終えた体細胞を用い、多能性誘導因子を導入して培養することで多能性幹細胞を作製します。つまり、体細胞を多能性幹細胞にリプログラミング(初期化)するのです。また患者自身の細胞を使用することができるので、その場合、拒絶反応を回避できます。

尚、1個の細胞から個体を作りだせる全能性は受精卵だけが持っています。

iPS細胞を使った再生医療

iPS細胞は、理論上ではあらゆる細胞・組織を作製でき、また体外で増やすことができます。そこで、iPS細胞を様々な組織の細胞に分化させて再生医療に利用する(iPS細胞⇨種々の組織の細胞に分化⇒移植⇒機能改善)研究が進められています。

最初に行われたのは、眼の加齢黄斑変性症の患者に対して、自己iPS細胞由来網膜色素上皮細胞を網膜に移植した治療です。

脳神経系ではパーキンソン病に対する神経細胞の脳内移植、心臓では心筋細胞の移植による心不全治療、再生不良性貧血に対するiPS細胞由来血小板の自己輸血、それに脊髄損傷に対する神経細胞の再生や外傷性軟骨欠損症に対する軟骨組織の再生といった研究が進められています。

ただ、いろいろな細胞を作製することができるとはいっても、臓器は種々の細胞が構造体を形成しているものでもあり、まるごと作製するのはハードルが高そうです。

これらの再生医療は臨床研究(医事トラック)として進められているものが大半ですが、再生医療等製品(薬事トラック)として開発が進められているものもあります。

iPS細胞の応用

iPS細胞の利用は直接的な再生医療の材料を提供することだけではありません。
一つには、iPS細胞からある種の細胞を作製して治療に用いるというものがあります。例えば、iPS細胞から免疫細胞を作製して培養し、これをがん患者に投与することでがん治療を行う研究が進められています。

また生体の一部を再現することが可能になることで、解明できることがあります。
細胞培養から臓器の一部を作製する、つまり構造と機能を再現するもので、こうしたミニ臓器は「オルガノイド」と呼ばれます。
患者由来の疾患に特異的な性質を持つ細胞(疾患特異的iPS細胞)やオルガノイドの研究によって、病態モデルの形成から発症の仕組みや原因の解明ができれば、予防法や治療法の開発に繋がります。

患者の細胞から幹細胞を作り、種々の検査を行うことで、罹患リスクを予測できる可能性があります。
また幹細胞を用いて、患者の体質に合った薬の種類や量を調べることで効果的治療が期待されます。
これらは個人に合わせた病気の予防と治療、個別化医療に寄与できることになります。

創薬の観点では、「病態モデルから薬剤治療のターゲットを特定する」「病態モデルに対する薬剤の反応から、薬剤の効果・安全性を確認する/有効・安全な薬剤を探索する」という活用が考えられます。
ヒトに対する有効性や安全性、これに対する体内動態といったことが実験的に可能になれば、非臨床試験から臨床試験に移行した後の種差によるドロップの回避に繋がります。
治療薬探索の例としては、進行性骨化性線維異形成症(FOP)や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などに対する治療薬候補の臨床試験が進められています。
このようにiPS細胞は薬の開発、特に難病の治療薬の研究にも応用されています。

iPS細胞は医療への貢献に種々の可能性を秘めており、種々の課題を克服しつつ、その適用範囲を拡げています。

私たちの健康に大きな役割を担う医薬品、そして医療・ヘルスケア。
そうしたQOL(Quality Of Life)産業界全般にわたって、そのプロセスや情報を支えるITを介して、日立医薬情報ソリューションズは人々の健康・QOL向上に貢献していきます。


2021年04月09日
吉田 亜登美

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