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株式会社日立医薬情報ソリューションズ

Column

ドラッグ・リポジショニング

「医薬」よもやまばなし

2020年10月14日

医薬品をゼロから開発するには、多くのプロセスと、それに伴う時間とコストがかかります。また開発の難度は上がっており、成功確率は高くありません。既存の薬を新たな目的に転用できれば、時間とコストの抑制、ドロップリスクの低減を図ることができそうです。
こうした試みをドラッグ・リポジショニングと言いますが、今回はこれを取り上げてみましょう。

ドラッグ・リポジショニングの位置付け

医薬品は研究開発の過程で様々な試験を実施しますが、更に市販後に多くの患者に使用されて初めて得られる情報も多くあることから、市販後にも情報を蓄積し、より適正な用法、副作用の出やすい患者の特定といった医療現場でより良い形で使用してもらう活動が行われています。
市販前の研究開発段階の情報や市販後に収集された情報から、承認取得した範囲から適応拡大を図るということもなされます。
適応拡大は製品のポテンシャルを高め、ライフサイクルの延伸にも有効です。

一方で、新規の感染症のように速やかに治療薬が望まれるとき、ゼロからの開発ではなく、少しでもショートカットしたいところです。
既存の医薬品はヒトでの安全性と体内動態が充分に確認されている訳ですし、既承認医薬品ではなく開発途上あるいは開発中止となったものでも、開発が進められていてヒトでの安全性と体内動態が確認されているものであれば、有効性に特化して開発を進めることができます。
そうしたことで早く安く、より低リスクで確実に安全な薬を創ることを可能にすることができます。

こうした当初の目的以外の病気に使用できるようにする「適応拡大」というのはこれまでも行われてきました。偶然性に依存するだけでなく、もっと科学的に進めようとするアプローチが、ドラッグ・リポジショニングです。

ドラッグ・リポジショニングが可能な理由(わけ)

そもそも何故、一つの薬剤が全く異なる病気の治療薬になりうるのでしょうか。

ヒトの体内において、一つの分子(医薬品)が複数のヒトの分子(主にタンパク質)に結合することにより、複数の場所に作用を及ぼすということがあります。目的とする作用以外は副作用に繋がるので、結合する選択性は高い方が望ましいのですが、上手く他の作用を利用するということも考えられる訳です。
また同じ生体分子に結合しても、その分子が異なる病気に関連している場合もあります。つまり、異なる病気の根本原因が同じか似ているというものです。そうであれば、その根本原因に作用する薬剤は複数の病気に効果がある可能性があると考えられます。

ドラッグ・リポジショニングのアプローチ

では、どのようにしてこのドラッグ・リポジショニングを進めていくのでしょうか。

まず考えられるのは、服用したときに現れる作用がトリガーになるというものです。これは、臨床で偶然に発見された効果や、副作用に着目した適応拡大です。
例えば、高血圧治療薬(血管拡張薬)のミノキシジルでは発毛効果が認められたことから発毛剤に転用されました。また、制吐剤のラモセトロンでは便秘の副作用があったことから、下痢を伴う過敏性腸症候群治療薬として開発されました。
ゾニサミドという薬剤は、イオンチャネル阻害による抗てんかん作用を持つてんかん治療薬ですが、併発していたパーキンソン病にも効果があることが観察され、モノアミンオキシダーゼ阻害によるドパミン増加作用が起きていることでパーキンソン病治療に繋がっていることがわかりました。

次に、既知ターゲット分子の新しい機能の発見や疾患の発症機構の解明に基づいた適応拡大があります。
HIV治療薬として開発されたプレリキサフォルの場合では、ターゲットとするHIV感染に必須のタンパクCXCR-4が造血幹細胞の骨髄定着という機能を持つことが発見されたことで、白血病等で自己造血幹細胞移植を行う際の前処置(幹細胞移植時造血幹細胞動員促進剤)としての有効性が認められました。肝腎のHIV治療薬としては開発中止となりましたが、別の薬として復活したわけです。
シルデナフィルは元々狭心症の治療薬として開発されていましたが、臨床で偶然発見された効果によってED治療薬になりました(前項のパターンです)。さらにシルデナフィルのターゲット分子(ホスホジエステラーゼ5)が肺高血圧症に関与していることが解り、肺動脈性肺高血圧症に適応されています。

また、薬自体は既知であっても、さらにその性質を追求する試みもあり、ドラッグ・リプロファイリングと呼びます。このドラッグ・リプロファイリングで発見された新しい薬効やターゲット分子に基づいた適応拡大というのもあります。
薬害の代表の一つである睡眠薬サリドマイドについては、催奇性の原因解明という観点もあって研究が継続された結果、抗炎症作用でハンセン病治療薬、血管新生阻害作用で多発性骨髄腫への適応が確立されました。

最近では、医薬品や化合物に関する薬剤情報、臨床データ、疾患に関するメカニズムや遺伝子といったデータが蓄積されてきており、これを利用してコンピュータ上で解析する手法も進展しています。

アスピリン(アセチルサリチル酸)は解熱鎮痛薬として100年以上使用されてきましたが、その作用メカニズムが明らかになったのは発売から70年以上経過してからでした。更に抗血小板作用が明らかとなって心筋梗塞や狭心症、脳卒中における血栓・塞栓形成の抑制への適応、また小児の血管炎症による川崎病にも適応が追加されています。
承認された薬や研究過程で獲得された薬候補について、目的とする承認取得・発売後もいろいろ研究されているのです。
また、治療薬を必要とする疾患の情報から可能性のある薬剤を探す研究がなされています。
こうしたことがまた新たな治療薬に繋がっていきます。

◇ こぼれ話
新規感染症のように新しい病気が起こった場合、その病気に特化した治療薬がない中で、できるだけ速やかに有効な治療につながる薬剤を見つけたいというニーズが出ます。
原因が新規RNAウイルスによるものであれば、既存の他のRNAウイルスに対する治療薬の有効性確認が考えられます。また肺炎という症状に対してはこれを緩和する薬剤の適用を、免疫反応過剰によるサイトカインストームが起きていれば既存の治療薬の可能性を検討することになります。血栓や血管炎症といった症状に対するメカニズムが解ってくれば、これに対して有効な薬剤の適応が検討の対象になります。

ちなみに、既に承認されている医薬品は適応外使用(保険適用外)として処方することが可能ですが、保険適用するにはその適応に対して承認を得ることが必要です。

私たちの健康に大きな役割を担う医薬品、そして医療・ヘルスケア。
そうしたQOL(Quality Of Life)産業界全般にわたって、そのプロセスや情報を支えるITを介して、日立医薬情報ソリューションズは人々の健康・QOL向上に貢献していきます。


2020年10月14日
吉田 亜登美

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